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労務コンプライアンス強化のための具体的なアプローチ

 近年、企業経営において労務コンプライアンスの重要性が強く指摘されています。長時間労働、未払い残業、ハラスメントなどの問題は、企業の社会的信用に大きく影響するため、人事労務制度の見直しが必要といわれる場面も増えています。 しかし現実には、経営者や人事担当者から次のような声を聞くことがあります。 「制度の見直しが必要なのは分かるが、日々の業務で手一杯でそこまで手が回らない」 「どこから手をつければよいのか分からない」 「制度を変えると現場が混乱するのではないか」 確かに、人事労務制度の見直しは簡単な作業ではありません。言うは易く行うは難しであり、現場が慎重になるのも無理はないでしょう。しかし、労務トラブルが発生してから対応するだけでは、企業にとって大きな負担となります。 では、労務コンプライアンスの強化にはどのように取り組めばよいのでしょうか。 まず重要なのは、 現状の労務リスクを把握すること です。制度の見直しというと、いきなり就業規則や人事制度を大きく変更することを想像しがちですが、その前に現在の労務管理がどのような状況にあるのかを確認する必要があります。 例えば次のような点をチェックします。 ・労働時間の管理は適切に行われているか ・固定残業代制度は適法に運用されているか ・年次有給休暇の取得管理は適切か ・就業規則と実際の運用に差がないか ・ハラスメント防止体制は整備されているか このような点を確認することで、自社にどのような労務リスクが存在しているのかを客観的に把握することができます。 次に重要なのが、 優先順位をつけた取り組み計画を策定すること です。労務コンプライアンスに関する課題は多岐にわたるため、すべてを一度に改善しようとすると現場の負担が大きくなります。そのため、法令違反の可能性が高いものや、トラブルになりやすいものから順に対応していくことが現実的です。 例えば、未払い残業のリスクがある場合には労働時間管理の見直しを優先する、ハラスメント相談体制が不十分な場合には相談窓口の整備を先に進める、といった形で段階的に取り組むことが重要です。 一方で、企業によっては問題が発生するたびに個別対応を行う、いわば「もぐらたたき」のような対応になってしまっているケースも見受けられます。トラブルが起きるたびに調査や是正を行う方法では、担当者の負担が大きく、組...

大学法人化から学ぶ組織ガバナンス ― 親会社・子会社との共通点とは

大学の法人化は、組織運営の自律性を高めることを目的として進められてきましたが、その実態は設立団体との関係性によって大きく左右されます。この構造は、企業における親会社と子会社の関係にも通じる部分があり、労務管理の観点からも示唆を与えるものです。 まず、国立大学についてです。設立団体は文部科学省(厳密には文部科学省が設立した国立大学法人が国立大学を設置している。)ですが、法人化後は各大学が独立した法人として運営されています。文部科学省は各大学に一定の運営費を交付していますが、大学行政としての方針や施策を示すものの、個々の大学の具体的な運営には基本的に関与しません。 一方、公立大学の設立団体は地方自治体(厳密には地方自治体が設立した公立大学法人が公立大学を設置している。)です。制度上は国立大学と同様、独立性が確保されていますが、地方自治体は施策として大学を設置し財政支出(運営費交付)をしているため、大学運営に一定程度関与している実態があります。いわゆる「資金拠出に伴う発言力」の問題です。 この関係性は、企業における親会社と子会社の関係、とりわけ財務的依存度が高い子会社のケースと類似しているともいえます。 ここで労務管理上重要となるのが、「実質的使用者性」という考え方です。企業グループにおいて、親会社が子会社従業員に対して具体的な指揮命令を行い、人事評価や労働条件に実質的に関与している場合には、形式上は別法人であっても、親会社が使用者としての責任を問われる可能性があります。 もっとも、この点については、公立大学と地方自治体の関係にそのまま当てはめることはできません。地方自治体が設立団体として大学運営に一定の関与を行っていたとしても、それをもって直ちに自治体に「実質的使用者性」が認められるという性質のものではありません。あくまで公立大学法人は独立した法人であり、労務管理上の使用者責任は原則として当該法人に帰属します。 したがって、公立大学の問題は、企業における親子会社間のような使用者責任の帰属というよりも、「法人の自律性がどこまで確保されているか」というガバナンスの問題として捉えるべきものです。 もっとも、地方自治体の関与が個別具体的な人事や組織運営にまで及ぶ場合には、法人化の趣旨である自主性・自律性を損なうリスクがある点は否定できません。これは法的責任の問題と...

事業承継前に見落とされる労務リスク

事業承継というと、多くの経営者がまず考えるのは ・株式の整理 ・税務対策 ・後継者教育 ・取引先への説明 といったテーマです。 しかし実際に承継後、思わぬトラブルに発展するのが 「労務面の未整理」です。 数字や契約は整えても、 “人と組織”の問題がそのまま引き継がれてしまう。 これが、事業承継で見落とされやすい最大のリスクです。 リスク① 先代の“暗黙ルール”が引き継がれていない 創業社長の会社には、必ずと言っていいほど 明文化されていないルールがあります。 ・あの社員は特別扱い ・残業は自己申告に任せている ・有給は実質的に自由運用 ・問題社員も功労者だから不問 これらは、社長の人格と信頼関係で成立してきたものです。 しかし、承継後はどうでしょうか。 後継者が同じ判断をすると「不公平」と言われ、 厳しくすれば「前と違う」と反発される。 暗黙ルールが整理されていないまま承継すると、 組織の不満が一気に表面化します。 リスク② 就業規則と実態のズレが顕在化する 事業承継のタイミングで、 社員の退職が発生することは珍しくありません。 その際、 ・未払い残業代の請求 ・有給取得を巡る争い ・役職手当の根拠問題 が持ち上がるケースがあります。 背景には、就業規則と実態のズレがあります。 先代時代は問題にならなかった運用も、 経営者が変わることで一気に法的リスクへ変わります。 承継は「経営の区切り」です。 社員もそのタイミングで過去の不満を整理しようとします。 リスク③ 管理職体制が整っていない 20〜50名規模では、 承継後に後継者が現場まで目を配ることは困難です。 しかし、 ・管理職の役割が曖昧 ・評価基準が不透明 ・指導方法が属人的 という状態のまま承継すると、組織は一気に不安定になります。 特に後継者が若い場合、 「求心力不足」 「方針が浸透しない」 「ベテランとの摩擦」 が起きやすくなります。 これは人間関係の問題ではなく、 “組織設計の問題”です。 リスク④ 人件費構造のブラックボックス化 先代が長年の関係性で決めてきた給与体系。 ・なぜこの人の基本給が高いのか ・なぜこの役職手当なのか ・なぜ評価制度が存在しないのか 後継者が引き継いだとき、説明できない状態になっていることがあります。 人件費は会社の固定費の大部分を占めます。 ここが不透明なままでは、承継後の経...

純米酒を極める

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長い間、純米吟醸酒は他の大多数の人がそうであろうごとく、季節に関わらず冷酒で飲んでましたが、 10年近く前に、この本を読んでからは燗でも飲むようになりました。 「純米酒を極める」上原浩著 酒造技術指導の第一人者で酒造界の生き字引的存在といわれた著者は本作の中で 「酒は純米、燗ならなお良し」、 さらに 「よい吟醸酒こそ燗にすべき、特に純米吟醸酒は燗にしてこそ本領を発揮する。」と言い切っています。 その主な理由として ・日本酒は温度によって味の感じ方が変わる。 ・人間の舌は体温に近い温度のときに旨味や甘味を強く感じる。 ・冷やすほど旨味や甘味は感じにくくなり、酸味・苦味・辛味が目立つ。 ・強く冷やすと「冷たさ」の刺激が先に来て味が分かりにくくなる。 ・そのため、味の粗さがある酒は冷やすと飲みやすくなる。 ・一方で、純米酒や吟醸酒など旨味のある酒は、少し温めると味がよく分かる。 と述べています。 もちろん、美味しいかどうかは個人の嗜好によります。 個人的にはすべての吟醸酒が燗にしたら美味しくなるとまでは思いませんが吟醸酒を燗にして飲むようになってから日本酒の楽しみ方が広がったのは確かです。 皆さんも一度試してみてはいかがですか?

退職金の「全額不支給」はどこまで許されるのか

【京都市(退職手当事件)事件 令和7年最高裁判決】 本件は、京都市の市営バス運転手が運賃1000円を着服したこと等を理由に懲戒免職となり、退職手当(約1,200万円)が全額不支給とされた事案です。 争点は、長年勤務した職員に対し、退職手当を一切支給しない処分が許されるかという点でした。 第二審は、退職手当の後払い賃金的性格や生活保障の側面を重視し、また被害金額が少額であることなどから全額不支給は行き過ぎとして違法と判断しました。 しかし、最高裁判所はこれを覆し、全額不支給を適法としました。 理由として、「着服はバス事業の運営の適正を害するもの」のみならず「同事業の信頼を大きく損なうもの」であるとし、たとえ少額であることなどを考慮しても 全額不支給は裁量権の範囲を逸脱、乱用したものではないと判断しました。 一方、民間企業における判例については、痴漢行為による懲戒解雇されたケースで退職金の3割支給を認めた小田急電鉄[退職金請求]事件(平成15年東京高裁判決)や運転手が酒気帯び運転で懲戒解雇されたケースで退職金の3分の1支給を認めたヤマト運輸事件(平成19年東京地裁判決)など、懲戒解雇が有効であっても退職金の一部支払いの請求を認めるケースが多く見られます。   したがって 実務上は、退職金の不支給を検討する際、就業規則で不支給理由を定めていることが大前提のうえで ①非違行為の内容・悪質性、 ②職務との関連性、 ③企業・組織への影響など を総合的に判断することが不可欠です。 安易な判断は紛争リスクを高めるため、専門家の関与も視野に入れるべきです。

答えを急がない力が組織を守る――労務管理におけるネガティブ・ケイバビリティ

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ハラスメント対応、メンタルヘルス不調、職場内の人間関係のトラブル――。 労務管理の現場では、すぐに白黒をつけられない問題に直面することが少なくありません。事実関係が複雑に絡み合い、当事者間で認識が食い違うこともあります。そのような場面で、結論を急いだ結果、かえって問題を深刻化させてしまうケースも見られます。 一方、現代社会では「即断即決」や「わかりやすい答え」が過度に求められる傾向があります。しかし、現実にはすぐに答えが出ない問題も多く存在します。こうした状況に向き合う上で重要な考え方の一つが、「ネガティブ・ケイバビリティ」です。 ネガティブ・ケイバビリティとは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」をさします。あるいは「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味します。これは19世紀の詩人ジョン・キーツが、ウィリアム・シェイクスピアの創造性の本質として見出した概念であり、その後、精神科医ウィルフレッド・ビオンによって再評価されました。近年では、教育や医療の分野でも注目されている考え方です(帚木蓬生氏著『ネガティブ・ケイバビリティ 答えの出ない事態に耐える力』より一部抜粋・要約)。 この考え方は、労務管理においても極めて重要だと考えます。 例えば、ハラスメントの申告があった際、「加害者」「被害者」と早々に決めつけてしまえば、公平性を欠き、新たな対立や紛争を生む可能性があります。メンタルヘルス不調への対応でも、本人の訴え、職場環境、業務内容など多面的な事情を丁寧に見極める必要があります。 また、「これはハラスメントに当たるのか」「休職を認めるべきか」「問題社員として厳格に対応すべきか」など、労務管理の現場では簡単に正解を出せない場面が少なくありません。法令上の基準は存在するものの、実務では個別事情を踏まえた判断が求められます。 近年は、インターネットやSNS上で「正解」や「唯一の正しい対応」を求める風潮も強まっています。しかし、実際の職場は企業規模、組織文化、人員構成、業務内容などがそれぞれ異なり、一般論だけでは対応できません。極端な意見や表面的なノウハウに飛びつくのではなく、自社の状況に照らして慎重に考える姿勢が重要です。 さらに、人材マネジメントの観点でも、ネガティブ・ケイバビ...

なぜ20~50名規模の企業で労務トラブルが起きやすいのか

「最近、退職が増えてきた」 「管理職と現場の間に溝がある」 「就業規則はあるのに、なぜかトラブルが起きる」 こうした課題が表面化しやすいのが、20〜50名規模の企業です。 一般的に10数名程度までは社長の目が届きやすい一方、50名を超える頃からと管理体制を本格的に整備する企業が増えてきます。 しかし20〜50名は“成長途中で組織化が追いついていない”最も不安定なフェーズなのです。 では、なぜこの規模で労務が崩れやすいのでしょうか。 理由① 制度と運用のズレ 多くの企業では就業規則など規程関係はある程度は整っています。 しかし制度と現場での実際の運用にズレが生じているケースが少なくありません。 会社が急成長すると、労務管理が後回しになりやすい。 結果として「書いてあること」と「やっていること」が一致しなくなる。 このズレは、未払い残業代請求、労基署調査、退職時トラブルで一気に表面化します。 20〜50名規模は、このズレが最大化しやすい段階です。 理由② 中間管理職の未成熟 20名を超えると、社長一人では管理が難しくなります。 そこでプレイヤー上がりの社員が管理職になるケースが見受けられます。 しかし、マネジメント教育が十分でないと ・労務知識がない ・評価基準が曖昧 ・感情で指導してしまう という状態が起こりがちです。 「悪気はないが不適切指導」 「指導のつもりがパワハラ認定」 こうしたリスクが表面化しやすくなるのも、この規模帯の特徴です。 人が増えたのに、マネジメント教育が追いついていないのです。 理由③ 社長の統制力が物理的に落ちる 10数名までは、社長が全員の働き方を把握できます。 しかし20名を超えると、現場の実態が見えにくくなります。 ・誰が何時間残業しているか ・有給がどう運用されているか ・不満がどこに溜まっているか 見えないまま、組織は拡大します。 そしてある日、 「突然の退職」「内部通報」「労基署調査」という形で表面化します。 これは能力の問題ではなく、構造の問題です。 では、どうすればよいのか 20〜50名規模は、 “偶然うまく回る段階”から “設計しなければ崩れる段階”へ移行する時期です。 必要なのは、 ・制度の再設計 ・運用の棚卸し ・管理職の役割明確化 つまり「人に頼る運営」から「仕組みで支える運営」へ移行するための労務整備です。 特に次の成...